平成12年(2000年)1月4日 NO.1

新年日本経済の展望

大底を脱した景気
 
険しい本格回復への道のり
 
真価が問われる構造改革への実行力
 
日本経済の見通し(表)


大底を脱した景気
 
 街行く人々の表情が心なしか和んでみえるのは、新たなミレニアム(千年紀)を迎えた祝杯ムードのためだけでなく、わが国の景気が曲がりなりにも持ち直し傾向にあることも、少なからず影響しているのではないか。
 振り返ると、昨年のわが国経済は、おおよそ2年にわたる深刻な不況から、何とか脱することのできた一年であった。その足掛かりとなったのは、政府・日銀による相次ぐ政策対応であろう。98年11月に策定された過去最大規模の「緊急経済対策」や積極型の99年度当初予算に基づく公共投資が、年前半を中心に需要を大きく押し上げた。実際、99年上期(1〜6月)の実質GDP成長率は前年比+0.1%と、3期ぶりに水面上に浮上したが、これに対する公共投資などの公的需要の寄与度は+1.3%にも及ぶ。
 また、家計や企業といった国内民間部門にも、多少なりとも動意が窺えるようになってきた。98年度後半以降、金融システム安定化策や信用保証協会の保証枠拡充、金融市場へのかつてなく潤沢な資金供給など、政府・日銀が信用収縮への対応策を立て続けに講じたことで、極端に萎縮していた家計や企業のマインドが何とか持ち直しに向かったためである。
 この間、株式市場も久方ぶりの活況を呈した。昨年初、1万3千円台でスタートした日経平均株価は、わが国の景気回復やリストラによる企業収益改善への期待感が強まるなかで、外国人投資家にリードされる形で急上昇し、7月上旬にはおおよそ1年9ヵ月ぶりに1万8千円台の大台を回復した。債券需給の荷もたれ感の後退と日銀の"ゼロ金利政策"により、5月半ばに1.2%台まで低下した長期金利(10年最長期物国債利回り)も、株高が進むなかで再び上昇に向かい、8月下旬には2%台を付けた。
 年後半の話題をさらったのは、円高の急伸であろう。7月半ばにかけて1ドル=120円内外の水準で推移していた円の対ドル相場は、その後、わが国通貨当局による断続的な円売り介入をこなしつつ、ほぼ一貫して上昇傾向を辿り、11月下旬にはユーロ相場の急落も手伝って、一時同101円台と約4年ぶりの円高水準を記録した。
 もっとも、円高による景気下押し懸念をよそに、日銀「短観」などにみる企業の景況感は、この間も改善を続けた。海外景気の拡大を背景に、これまでのところ輸出はむしろ増勢を強めていることや、11月半ばには政策面からの追加的な梃入れ策として、総額18兆円にのぼる「経済新生対策」が打ち出されたことなどが、そうした懸念を和らげるのに一役買ったとみられる。こうした状況下、金融市場では、年後半を通じて日経平均株価は総じて底固く推移、長期金利も概ねボックス圏内での展開が続いている。
 いずれにしても、未曾有の不況に直面していた一昨年や昨年の正月とは異なり、今年は何とか一息つくなかで新春を迎えることができたというのが、大方の実感ではないだろうか。  

険しい本格回復への道のり
 
 もっとも、大底を脱した景気が、このまま期を追って歩みを強めていくとみるのは早計であろう。というのも、これまでの景気の持ち直しは、国内民間部門における構造調整の進捗に裏付けられたものとはいい難く、その自律回復基盤は依然脆弱なためである。実際、大蔵省「法人企業統計季報」を使って、企業の売上高に対する有形固定資産残高、有利子負債残高、人件費の比率をみると、いずれの指標も足元でなお過去最高水準にあり、企業部門全体としてみれば、設備・債務・雇用の過剰感は引き続き極めて強いのが実情である。多くの企業がこうした問題を抱え続けているなかにあっては、どうしてもリストラを優先せざるを得ず、設備投資や雇用の拡大は二の次になってしまう。新年経済が歩もうとする道のりは、それほど平坦なものではない。
 まず、企業部門については、設備投資が景気の牽引役を演じるには、まだ時間を要しそうだ。たしかに、生産の持ち直しに伴う減収幅の縮小と、これまでの企業のリストラ効果が相俟って、このところ企業収益が持ち直し傾向にあることは、先行きの投資環境を考えるうえで明るい材料である。しかしながら、地価の下落傾向が続くなか、時価ベースでみた実質的なバランス・シートの毀損は、中小企業や非製造業を中心に依然深刻な状況にあるとみられ、こうした企業では、収益改善分のほとんどを既存債務の返済に充当せざるを得ない。そうした痛みが相対的に軽微な企業にしても、99年度からの連結決算や2000年度からの時価会計といった会計基準の変更に伴い、資本効率の向上をより意識した経営を迫られているなかにあっては、新規投資を厳選する姿勢を強めることとなろう。もちろん、企業収益や設備稼働率といった循環的な投資環境が底を打つなかで、競争力の確保・向上に向けた更新投資や情報化投資を再開する企業も出てこようが、設備投資が全体として底入れを探るのは新年度の後半以降になるとみられ、投資活動の本格回復を期待するのは困難であるように思われる。
 家計部門にも多くは望めそうにない。たしかに、ここにきて完全失業率が既往ピークから幾分低下しているほか、雇用者所得の減少テンポも鈍化するなど、家計の雇用・所得環境が一方的に悪化していく事態には、ひとまず歯止めがかかっている。生産活動の持ち直しや企業収益の底入れを受けて、パート雇用や残業手当といった、限界的な部分での雇用・所得が増えているためである。もっとも、企業の抱える人件費負担が依然かつてなく重いことを踏まえると、こうした動きが常用雇用や所定内給与といったコア部分に波及していくという、過去の景気回復局面でみられたような好循環がスムーズに動き出す姿は想定しにくく、雇用・所得環境が低迷の域を脱することは難しい。そうしたなかでは、消費マインドの改善余地も限られるとみられ、個人消費は伸び悩む公算が大きい。昨年前半を中心に盛り上がりをみせた住宅投資にしても、雇用・所得環境の低迷が続くと予想されるなかにあっては、住宅ローン減税の適用期間が2001年6月末までの入居という形に半年間延長されることを前提としても、徐々に息切れを余儀なくされる可能性が高いように思われる。
 国内民需の先行きが心許ないとすると、公的需要や輸出の景気下支え効果をどの程度見込めるかである。まず、このところ息切れが目立つ公的需要については、この先「経済新生対策」や積極型の2000年度当初予算に基づく公共投資が執行されることで、年度前半を中心に再び増加していく場面はあろう。とはいえ、新年度にさらなる追加対策が打たれない限り、高水準を記録した99年度の公共投資の工事量を上回ることはそもそも困難であるし、地方政府の財政事情が著しい悪化を余儀なくされていることを踏まえると、予算通りに工事が消化されない虞も強い。このため、公的需要に過度の期待を寄せるのは難しいように思われる。
 一方、輸出については、海外需要環境が堅調に推移するとみられるため、増加基調そのものは維持することとなろう。ただ、そうしたなかにあって懸念されるのは、最近の円高の影響である。もちろん、海外景気の拡大を追い風に、円高が進むなかでも輸出増が続いた94年の経験などを踏まえれば、最近の円高をもって直ちに輸出が失速に向かう虞は小さい。しかしながら、これまで急ピッチに進んできた円高が、輸出に対してネガティブに作用することは間違いなく、こうした影響が徐々に顕在化していくにつれ、輸出の増加テンポという点では、次第に鈍化していく可能性が高い。先行きの景気展開に弾みをつけるほどの力を輸出に求めるのは酷であろう。  

真価が問われる構造改革への実行力
 
 こうしてみると、景気は今後も浮揚感に乏しい展開となりそうだ。実質GDP成長率は、99年度に+0.8%(実績見込み)と、辛うじて3年ぶりにプラス成長に転じるとみられるが、続く2000年度も+0.5%の低成長にとどまり、国内民需主導型の自律回復軌道に復するまでには至らないように思われる。
 この結果、わが国経済は、91〜2000年度の10年間、年率にして+1.1%という低成長を余儀なくされることになるが、こうした長期にわたる停滞状況からわが国経済が抜け出せずにいる基本的な背景は、90年代入り後、わが国を取り巻く内外の経済環境が大きく変化するなかで、それまで量的拡大路線を推し進めてきた企業部門としては、より効率性を重視した経営スタンスへの転換を迫られていたにもかかわらず、その舵取りが遅れてしまったことに求められるように思われる。設備・債務・雇用における、いわゆる"3つの過剰感"がいまもって高水準にあるのは、そのひとつの証左ともいえる。
 ただ、ここで問題を難しくしているのは、企業がそうした方向に思い切って舵をきるとなると、これに伴う副作用が極めて大きなものになりかねないことである。"3つの過剰感"を抜本的に解消しようとすると、たとえば雇用調整の本格化という形で、家計部門に相当の痛みをもたらす虞が強い。しかしながら、未曾有の長期低迷に喘いでいるわが国経済が再び順調な成長軌道を取り戻すためには、企業部門が前向きに動ける環境を整えることもまた不可欠である。
 そうした観点からすれば、政策サイドには、企業部門が構造改革に果敢に取り組む過程で生じる痛みや不安感を、いかに最小限にとどめられるか、その手腕があらためて問われるように思われる。もちろん、この点、政府も決して手を拱いていたわけではなく、遅まきながらこうした認識に即した対応も図られつつある。たとえば、昨年6月の「緊急雇用対策及び産業競争力強化対策」では、会社分割制度の導入など事業の再構築を側面支援する施策が打ち出されるとともに、雇用面では、従来の雇用保蔵に軸足を置いた政策を大きく転換、職業訓練制度の拡充や人材派遣事業の対象職種の原則自由化といった、労働移動の円滑化に資する具体策も数多く盛り込まれた。また、昨年12月中旬に閉幕した臨時国会では、創業支援インフラの拡充など、新たな雇用機会としての役割も期待されるベンチャー企業の支援策に係わる法整備がなされた。
 もっとも、創業活動を活発化させるために欠かせないエンジェル税制の拡充は限定的なものにとどまったほか、連結納税制度の導入時期も事実上2002年度以降に先送りされる情勢であるなど、企業部門、ひいてはわが国経済全体を活性化するうえで喫緊の課題はなお山積している。規制緩和にしても、これまでの対応をもってよしとせず、経済環境の変化にあわせて不断に、かつスピーディーに推進していく必要がある。さらに、巨額に膨れ上がった財政赤字の削減に向けた具体的な道筋を早急に明示することも、将来の公的負担増に対する民間部門の懸念を緩和するために急務である。
 いずれにしても、公共投資の積み増しや金融緩和といった伝統的な財政・金融政策の自由度がいよいよ限られてきたいま、わが国経済が構造改革へ向けて待ったなしの取り組みを迫られていることは間違いない。とすれば、家計、企業、政府の各部門が、それぞれに痛みを分かち合いつつ、わが国経済・産業構造をより中期的な視座に立って変革していくことが、結局は浮揚感なき経済から脱却するための最短経路といえるのではなかろうか。


 
 


(12月21日 山本)