医師である自分ならできる。子育ての現場の声と知識を活かしたソリューション

共働き世帯にとって、病児保育施設は欠かすことのできない頼みの綱ですよね。「あずかるこちゃん」という病児保育プラットフォームの着想を得られたきっかけについて教えてください。

  • ・病児保育がスマホから予約できる「あずかるこちゃん」

もともとは産婦人科医として東京大学医学部附属病院 産婦人科の医局に所属していました。医師8年目に大学院に進学しましたが、同期から病児保育施設がなかなか使えずに困っているという話を聞く機会があり、調べてみると病児保育施設というものが抱える大きな課題が浮き彫りになってきたんです。

病児保育施設というのは従来、自治体からの委託業務として医療機関や保育園などの民間組織によって運営されてきました。子どもの体調によって急に必要になったりキャンセルされたりすることが多いという特性に加え、予約やキャンセルは電話とFAXのみ。施設側の対応人数には限りがあり、利用者側としては「何度も電話しているのにつながらない」「いつもいっぱいで使えない」という状態になりやすいのが現状です。感染力の強い水ぼうそうやインフルエンザの場合は隔離が可能な部屋で預かることになりますが、地域内で他の施設と連携して効率よく割り振ることができず、1箇所に予約が集中してあふれてしまうことも多いです。施設側は経営に苦慮し、保護者側は「どうせ予約できない」と諦めて辞職やストレスでキャリアを途切れさせてしまう、という悪循環を招いていました。

ヒアリングをしたお母さんは100人以上にもなるでしょうか。医師である自分だからこそ解決できるソリューションがつくれる、他の人には歯が立たない壁も乗り越えられるだろうと確信を持って、2017年7月に起業しました。それが「あずかるこちゃん」の原点です。

医師以外の方が手がけても難しいだろうと考えられたのは、どのような部分でしょうか。

病児保育というのは医療と保育、双方に関連があります。医療のバックグラウンドがないと、そもそも論として適切なソリューションやサービスはつくれません。仮につくれたとしても、つくったものを施設側に理解していただき、運用から導入に至るまでの部分は困難でしょう。医療者だからこそキーパーソンになれるという自信がありました。自分以外の医療者がこうした分野に飛び込むということも想像できませんでしたし、もともとこうしたサービス設計は大好きなんですよ。

さっそく自分でプロトタイプをつくり、お母さんたちにヒアリングをしながら開発を始めました。2018年8月には調布で新規オープンする病児保育施設で実証実験を行い、利用者である保護者の方からは非常に高い評価を得られました。

健康とキャリアを支えるものなのだから、安心・安全でなければ。挫折を経ても迷うことはない。

開発から実証実験まで、非常に順調だったのですね。

いえ、実は大きな挫折を2度経験しています。
まず、初期の開発段階。構想を大きく描きすぎて完成に至りませんでした。自分がプロダクト開発そのものに不慣れであったことに加え、開発を外部に委託していたことで連携がうまく取れなかったことが原因です。

そこから改めてチームをテコ入れし、2018年8月の実証実験に漕ぎつけました。これまで電話必須だった予約がLINEでできる、問診もスマホでできるとあって、保護者の方にも病児保育施設の方にも大変喜んでいただき、大きな手応えを得ました。ただ、これが他の施設では受け入れてもらえなかったのです。

双方にメリットがある話だと思うのですが、それはなぜですか?

二度目の挫折がここでした。実証実験が成功したのは新規オープンの施設であったことが大きかったと思います。これまで長く運営してきた施設の場合、「これまでのオペレーションを大きく変える」という体験に対して消極的だったんですね。電話回線がいっぱいになってしまう、受け入れきれないという課題があるのは事実として、施設側は電話で話すことに単なる予約以上の意味を見出していました。問診をしたり、保護者とコミュニケーションをとったり、ということですね。紙の書類も面倒なようでいて、市区町村の許可がなければ廃止できません。そこにスマホを導入してしまうと、紙もスマホも、という二重の手間が発生してしまうのです。

僕たちは、保護者に喜んでもらうことだけを考えすぎていたのです。病児保育施設の予約システムをつくるには、「保護者」「病児保育施設」「市区町村」の3者が笑顔になれるサービス設計をしなければいけません。でも、保護者の方に喜んでもらいたいという一心で、限定的にしかベストを尽くせていない状態になってしまいました。そこから施設にとってベストなシステムとは、という課題に向き合えるようになりました。

今の開発状況はいかがですか。

一度はこの夏にサービスリリースをしようと準備を進めていたのですが、システムの開発体制を見直す必要があると判断しゼロから再始動することに決めました。今、体制も整い、サービスリリースに向けた実証実験の準備を進めています。

この段階でゼロからつくり直すというのは、大きなご判断ですね。

はい、大変大きな決断でした。なんとか手は尽くしたのですが、ここまで開発したものをより良くするのではなく、ゼロからつくり直すという判断をしました。僕らのサービスは、健康と病気に関わるものです。保護者の生活やキャリアにも大きな影響を及ぼします。それなのにバグがあって予約できない状態が発生したり、お預かりした情報が漏れてしまったりするようなことは、あってはならないのです。焦るよりも自信を持って使っていただけるものを出したい、という信念がベースにありますので、迷いはまったくありませんでした。大事なのは安心と安全です。医師として日々、人の命について意思決定に携わっていることも関係しているかもしれません。

アクセラレータープログラムに採択されたことが転機に

これまで開発を重ねるなかで、転機はありましたか。

さまざまな人が参画してくれるなかで、ビジネスサイドのことを考える機会を持てたことが大きかったと思います。もともとは収益化するといったことは具体的に考えず、課題解決をしようと走り始めたのが起業のきっかけです。医師だったので基本的に稼ぎはあるし、創業メンバーも経営者だったので1円も稼ぎがなくても生きていけるという状態でした。そして何より、現場の課題を少しでも解決したかった。商売のことよりも、困っている人へのヒアリングを丁寧にやりたいと思っていたんですね。そうなると、結局ビジネスモデルが決まらず何もスタートしないという、悪循環になっていたのです。

そんなとき、東京都とコンサルティングファームが行っているアクセラレータープログラムに採択いただきました。ディスカッションに入ってくれたり、壁打ちをしてくれたりするなかで、改めて身が引き締まる思いで取り組むことになりました。チームビルディングに力を入れ始めたのもこの頃です。

医療者あるあるかもしれませんが、医療のことはみんなどこまでも深く学びに行くのに、世の中のことは意外と――いえ、本当にわかっていないのですよね。今は、僕自身が学ぶことに最も多くの時間を割いています。コアメンバーは13人に増え、僕がこれまで自分でやってきたような仕事を巻き取ってくれるようになりました。

Rise Up Festaへの参加・受賞でも、得られたものはありますか。

もともと三菱UFJリサーチ&コンサルティングで実施しているアクセラレータープログラムに過去、参加していました。ここで大変お世話になる一方で、Rise Up Festaのようなピッチコンテストがあると聞いて参加を決意しました。これまで、厚生労働省や総務省のアワードは受賞経験があるのですが、ビジネス業界からも評価されれば大きな社会的信頼につながると考えたためです。ビジネス上のインパクトはこれからかと思いますが、保護者や施設の皆さんからよりいっそうの信頼を得られるよう、努力を重ねていくつもりです。

これからの日本の子育ては、どうなっていく? 病児保育から見る未来

病児保育を巡る現状は、起業されてからの2年で変化しましたか。

大きく変わりました。まず2017年、山梨県が全国に先駆けて「広域利用」という取り組みを始めました。従来は市ごとにサービスが行われているのですが、県内であれば市をまたいで使えるという制度です。病状に応じて最適な施設での利用を促すことができるのも、利用率を高めることにつながるでしょう。これが表すのは、市がルールメイカーだったものが、県単位になったということ。非常にイノベーティブであり、2019年には山口県が追随しています。補助金もずいぶんと上がりました。

また、これまで病児保育施設は市区町村が施設を募っていましたが、内閣府が管轄している企業が直接運営できる「企業主導型病児保育」が始まりました。その効果もあり、病児保育施設は毎年100施設以上増えています。

御社にとっても大きなチャンスですね。

はい、そう思います。新しい施設であればシステムの導入もスムーズですから、そこにしっかりと貢献していきたいと考えています。

今後の展望について教えてください。

2019年夏にクラウドファンディングを実施したのですが、これは資金調達に加えて「たくさんの方に病児保育施設と、あずかるこちゃんを知っていただく」という目的がありました。実際に、クラウドファンディングのページは1万2,000人以上の方にご覧いただき、7,000人以上の方に「いいね」を押していただきました。支援者数は448人、調達資金の総額は1,000万円以上にものぼります。

病児保育施設が使えること、また住んでいる地域にあることを知らない保護者の方もたくさんいます。良いサービスをつくることで、利用者の方々に「こんなサービスがあるよ」と伝えていただき、1人でも多くの方の悩みを解決していけたらと思います。

会社としては、やはりサービスをきちんとリリースしていくことが最重要課題です。そのためにも、ビジネスサイドで一緒にやっていける人を探しています。サービスづくりとチームビルディング、両方に力を入れてがんばっていきます。

ありがとうございました。