研究だけでなく、社会に製品を届けたい。大学在学中に選んだ起業の道

??事業内容について教えてください。

ベッド上で高齢者・障害者が排泄をした際に臭いで排泄を検知する「Helppad(ヘルプパッド)」という製品をつくっています。穴が空いたシートから空気を吸い、ベッドの端にあるセンサー部分で排泄のにおい成分を感知して介護者に通知します。この機能のほか、もうひとつ重要なものが排泄検知履歴を蓄積し、排泄パターン表を作成するという機能です。

原型が生まれたのは学生時代、千葉工業大学で介護機器や介護ロボットの研究開発を行っていた頃です。論文を書くだけでなく、製品化してたくさんの方にお届けしたいという思いが強くなり、学部4年生のときに起業しました。

代表取締役の宇井吉美さん

??においによる排泄の検知に注目されたのは、何がきっかけだったのでしょうか。

排泄検知器、排泄センサーという概念は1980年代からありますが、実用化には至っていません。排泄センサーをつけるメリットよりも、デメリットのほうが大きかったためです。今でこそスマホでデータを飛ばせますが、当時使えた技術といえば無線方式。機械ばかり大きくて不恰好になったり、つけている側としても“装着している感”が拭えなかったりして、快適なものではありませんでした。

現状、介護現場で使用されている排泄センサーは、おむつのなかの水分を検知する仕組みのものです。しかし、介護職の方から「排泄センサーは体に装着しないといけないものが多い。装着せずに排泄を検知してほしい」という意見があり、においに着目することにしました。

??開発は順調でしたか?

排泄というテーマゆえの難しさがありました。臨床実験をしたくても、受け入れてくれる施設がまず見つからないのです。施設にとっては「大切にお預かりしている入居者さま」。経営のトップが決断してくださっても現場の方々が受け入れてくれなかったり、現場は協力的でもトップからストップがかかったりして、臨床現場をおさえることに骨が折れました。大学時代のツテで2施設は受け入れてくださったのですが、実験のためだけに大阪に通っていたこともありましたね。

経営しながら自らも介護職となり、切り開いた臨床実験への道

??技術面で難しかったところは。

高齢者や障害者の排泄を対象にしていた点ですね。当初の基礎実験では、私がおむつを履いて私が製品の上で排泄をしていたのですが、これが誤算のもとでした。健常者はまとまった量を一気に出せるので、センサーもはっきりとした波型をグラフ上で描きます。しかし高齢者や障害者はそうでない場合も多いのです。ずっと出続けていたり、便秘予防の下剤の影響で大量になったりと、一様ではありません。単純なアルゴリズムではまったく検出できず途方に暮れました。また、センサーはコストを抑えるために空気清浄機やエアコンに使われているセンサーを選択したのですが、これがまたエンジニア泣かせだったのです。

??起業後に介護職をなさっていたと聞きました。

はい。ユーザー理解のためには、インタビューだけでは咀嚼しきれない部分がたくさん出てきます。自分自身がユーザーにならないと理解できないと考え、介護職に就きました。そうしながら勉強会やイベントに参加して人脈をつくり、詳しい人にご紹介をお願いしたりするなかで協力してくださる方が増えていきましたね。

センサーよりも排泄パターン。使用してわかった新たなニーズ

??実際に製品を施設で使ってみて、いかがでしたか。

意外なことがわかりました。というのも、排泄の通知機能よりも、排泄の周期を把握できるパターン表にニーズがあったんです。通知機能を持つ装置はナースコールや転倒防止の離床センサーがすでにあり、現場はその対応で追われています。対応の優先順位を考えると、排泄は即時対応が必ずしも必要ではないこともあります。それよりも、誰が何時に排泄するかという時間軸を把握しておき、他の業務との兼ね合いをみながらおむつ交換やトイレ誘導を検討したほうが現実的、というわけです。

??なるほど。では今後もそういった、データを蓄積する方向でビジネスを展開していかれるのでしょうか。

現状、施設の多くではおむつを交換した時間だけがばらばらと記録されている状態です。排泄パターンをつかむことで排泄前におむつ交換をしてしまったり、便失禁をしてから交換までに時間が経ってしまったりすることを防ぐことができます。また、排泄時間から逆算して下剤を投与することで、夜中に失禁して朝方までおむつ交換してもらえない、などの事態を防ぎ、排泄をしてからゆっくりと質の高い睡眠をとっていただく、ということもできるようになります。排泄パターンをつかむことで、その方のありたい姿と生活がうまく噛み合うように見直しがはかれるようになると理想的ですよね。睡眠センサーと併用すればレベルの高い介護ができると考えており、今後取り組んでいく見通しです。

Rise Up Festa受賞で感じた、関係者全員の喜び。コストダウンのメリットも

??「Rise Up Festa」に応募したきっかけについてお聞かせください。

資金調達を検討しているときに外資系のベンチャーキャピタルの方からご紹介いただきました。お話を伺ってみると、第一ステップとしてぜひ参加してみてはと勧められ、応募させていただきました。

??受賞されてみて、いかがでしたか。

メガバンクで口座開設ができたというのは非常に大きなメリットがありました。これまでは金融公庫、信金、地銀を利用していたのですが、手数料が高額なのです。年によっては手数料のみで15?20万円にものぼってしまい、見直したいと考えていたところでした。これから新入社員もどんどん増えていく予定なので心強いです。

??周囲の反応は。

受賞した日、そのまま一番お世話になっている施設に行ったのですが、皆さん自分のことのように喜んでくださって。「あの三菱UFJ銀行に認められたなんてすごいじゃない」と言われ、この「Helppad」という製品が私や社員だけのものではなく、今まで協力してくれた人みんなの気持ちが入った製品なんだと再確認しました。この受賞が、周りにとっても励みになっています。

「介護脳」をつくりたい。インフラとしての介護機器を目指していく

??今後の見通しについて、教えてください。

現在、介護業界では3年以内に離職する人が全体の7割を超えています。無資格・未経験者が非常に多く、この5年間で外国人も急増しました。今後もその傾向は続くでしょうから「どんな人が来てもある一定レベルのケアが提供できるようにする」ということが必須になります。それを実現できるのが、「Helppad」をはじめとするシステムです。今日から介護の現場で働き始めた人でも60点くらいのケアができるように、システムで上積みしてあげるんです。これは家庭でも同じ。今日親が倒れても、明日から介護できるようにしていきたいです。

??なるほど。

私たちはそうした取り組みを「介護脳をつくる」という言葉で表現しています。ノウハウを私たちが紐解いて誰もが介護ができるようになれば、最終的には介護という概念もなくなるのではないでしょうか。

aba社のミッションは「必要な時に必要なだけの介護を介護脳で実現する」

abaのインフラがあるからどんな人でも元気に生きていける、空気のような存在のシステムをつくりたいんです。だから「Helppad」も「あ、敷いてあったんだ」なんて言われるくらいの存在感になれるよう、改良していきたいですね。ゆくゆくは、介護施設全体がロボットのようになって、要介護者の方が転倒しそうになったら壁から手が生えて支えられるようにできたら素敵だよねとか、そんな話を施設の方としている毎日です。