さびを研究して30年。さびの科学から生まれた「パティーナロック」

——大学で材料分野の基礎研究を長年行ってきたとのこと。製品の着想を得たのはどういった経緯だったのですか。

もともと私は住友金属工業(現:新日鐵住金)で材料の耐食性(腐食に耐える性能)を担当していたんです。そこで鉄にできるさびの研究を始めてから30年ほどが経ちました。鉄は地球上に大量にあり、素晴らしい機械的性質をもつため大量に使用されています。しかし非常に錆びやすいという大きな欠点があるのです。

その後、兵庫県立大学工学研究科で准教授をしていたときにさびの構造を研究し、鉄以外のさまざまな元素を使うとさびの構造は変えられる、さびを上手くコントロールできるということがわかりました。そのときには具体的手段はありませんでしたが、鉄の表面に良質なさびをつくることができれば、耐食性を高められるに違いない。その発想が鉄の表面に「パティーナ」という良いさびをつくり、防食性を高める反応性塗料「パティーナロック」の原点です。

さびは悪いものなのか!?「さびで錆を制す」という発想

——「良いさび」というのは聞き慣れない言葉ですね。詳しく教えてください。

構造物が錆びると私たちは「悪いもの」としてとらえますが、実は金属がさびるというのは、自然界に還ろうとしているだけなのです。地球で使う金属はさまざまな加工をして使われていますが、その状態は「安定」ではありません。金属は酸素とくっついて「石」になるのが自然界における安定な状態であり、金属は常に石に戻ろうとしています。鉄なら鉄鉱石に戻ろうとします。

たとえば銅の場合は、表面に緑青というさびができて中の銅を守る働きをします。非鉄金属にはそうした性質があることが多いのですが、鉄は自身を守るさびがつくれず、むしろ、錆びが出ると一層腐食を加速させるという特性がありました。

そのために、鉄に塗装することが一般的ですが、塗装をしても塗膜は劣化します。自然の力は強大で、錆止めを下地で塗っても、水や酸素はどうしても中に入ってしまう。そして錆びてしまうんです。内部で錆が進行すると、せっかく塗った塗装も下から破壊されてしまいます。それで数年おきに塗装を施すという作業が、従来から行われてきました。

鉄器時代から人間にとって便利に使われてきた鉄ですが、建造物などで大量に使われるようになったのはこの100年程度の話です。特に日本では、高度成長期にたくさんつくられた橋梁を始めとする社会資本がたくさんあり、老巧化が顕著になってきました。

左が無塗装の鋼板、右がパティーナロックが施された鋼板

水や酸素という自然環境の力を借りて良いさび"patina”をつくり鉄を守るという発想が「さびで錆を制す」ということです。すでに錆びている鉄にも使えるのも大きな特徴です。鋼材表面を本来自然界に存在する「鉄鉱石に還す」という考え方を実現し実用化したのが反応性塗料パティーナロックなのです。

——製品化にあたり、苦労したのはどのような点でしょうか。

さびをコントロールするために有効な化合物を見つけて配合する、というプロセスには非常に苦労しました。塗料というかたちは最初から決めていたわけではありません。有効な化合物を鉄の表面で作用させたいのですが、雨が降って流れてしまうようでは困ります。検討した結果、一番使いやすいと考えたのが塗料だったのです。

コストダウン、人件費の削減。「良いさび」がもたらす社会的なインパクト

——錆びなくなるということは、構造物のメンテナンスにかかるコストや手間は相当軽減できそうですね。

メンテナンスがまったく不要になるというわけではありません。自然の力というのはやはり偉大で、何が起こるかわかりませんからね。たとえば構造物に動物が巣をつくってしまうなど、予想もできないことが起こります。だから点検は必要になります。ただ、これまでのように頻繁なメンテナンスは必要ないということになります。

といっても、大幅なコストダウンになることは間違いないでしょう。たとえば橋梁であれば、現在は何層も繰り返し塗装が行われていますし、作業には何日もかかりますが、パティーナロックの場合は塗装回数が1〜3回程度で済みます。補修の施工コストのほとんどは作業代ですから、コストが大幅に低減できるという計算になります。一般的な塗料よりも塗り替え間隔が長くなるのでコストダウンが可能です。

『Rise Up Festa』の審査員の方からは「これからの日本は労働人口が減少していくが、その分もカバーできるのではないか」というご意見をいただきました。塗装は過酷な作業も多い仕事ですから、そうした意味でもメンテナンスをミニマムにする意義はあると思います。

——これまで、どのような場所で使用されてきましたか。

最初に使用されたのは送電鉄塔でした。日本列島は海や温泉、火山など自然環境が非常に厳しく、構造物が腐食しやすいんですね。また、送電鉄塔は亜鉛メッキが施されていることが多いのですが、腐食部分をメッキしようと思ったら分解するしかありません。しかし送電鉄塔は何十万基もありますから、現実的ではありません。パティーナロックはそうした経緯で採用されました。

以降、京都市の照明鉄塔や高瀬川にかかる備前島橋、マンションの階段といった身近なところからプラントなど大規模なものまで、さまざまな場所にパティーナロックは使用されています。7月に国土交通省が新技術の活用のため整備している新技術情報システムNETISに登録されたので、今後さらに使用されやすくなると思います。

「使ってみようか」認知度の高まりを実感するように

——『Rise Up Festa』で受賞したことにより、反響などはいかがでしたか?

発行部数の多い雑誌や新聞に取り上げていただいたり、多数のお問合せをいただいたり、大きな反響がありました。賞をいただいてから「こういう塗料があるんだったら使ってみようか」という流れは広まってきていると実感しています。

受賞後の懇親会の際に京都市長からアイデアをいただいて、京都市動物園とのコラボで小学生のみなさんをお呼びしてお絵かきイベントをやりました。さびによる老朽化が進んでいる園内のモータートラックを、パティーナロックでカラフルに塗っていただき、小学生のみなさんは大喜びでした。こうした機会で、幅広く「すでにあるものを大切にしていく」という意識を広げていけるといいな、とも思っています。

——今後の展開は。

今後は自然にはない人工的な環境も含め、より広い分野で使っていただきたいと考えています。環境や設備の特殊性によって我々が目標とするさびは変わります。エネルギーをつくる施設も厳しい環境の1つですよね。今は非常に高価な材料で錆びにくいようにつくられていますが、パティーナロックが役立つ可能性は高いでしょう。化学プラントなど特殊な環境でも有用なはずです。先日は中東から問い合わせがありましたが、原油の掘削施設なども可能性を感じます。原油は腐食性が高く、パイプラインの中が錆びてしまいますからね。

「今あるものを大切に」。社会の認識も変えていきたい

——海外展開についてはいかがですか。

お問い合わせも多く、世界展開も視野に入れています。最も大きな市場はアメリカでしょうね。構造物も多いですし、なんといっても国土が広大ですから。寒い地域も多いので、塩分を多く含む凍結防止剤が橋梁などの構造物をさびさせる原因になっています。

アメリカに限らず、鉄の構造物は世界中にあります。100年もたせたいものに、パティーナロックを使っていきたい。ものをつくって老朽化したら壊す、といった大量生産大量消費の発想はもう、時代遅れなのではないでしょうか。今あるものを大切に使っていこうという発想に、社会全体が変わっていけたらいいですよね。パティーナロックがそのきっかけの1つになればと願っています。