趣味の延長!? 偶然の出会いから生まれたミライスピーカー

——ミライスピーカーが、公共の場で次々と導入され始めていますね。“聴こえやすいスピーカー”という発想の原点はどこにあったのでしょうか。

ミライスピーカーの着想を得たのは、まったくの偶然です。
あるとき、名古屋学院大学で音楽療法の研究をされている増田喜治教授のお話を伺う機会がありました。先生はご自宅に蓄音機を10台以上所有する蓄音機コレクターなのですが、なんでも高齢者の方が集まったとき「蓄音機から出る音はよく聴こえる」という話になったそうなんです。

通常のスピーカーだとよく聴こえないのに、なぜ蓄音機で老人性難聴の方が聴こえるようになるのだろう? そんな疑問をもったので、現在サウンドファンの取締役で技術を担当している宮原信弘と名古屋に行きました。そのときはまさか起業するとは思いませんでしたね。

——蓄音機を実際にご覧になって、いかがでしたか。

蓄音機は、湾曲したパイプがどんどん太くなるという構造です。この構造が聴こえやすさにつながるのではないか、と考えました。蓄音機のしくみは、オルゴールを使えば誰でも体験することができます。オルゴール単体では大した音は出ません。でもコピー用紙やプラスチック板といった板状のものを聴く人に向けてUの字型に曲げて、その側面にオルゴールをくっつけると、それだけでとてもよく聴こえるようになります。ただ紙を曲げただけで、難聴者の9割が聴こえるようになります。

Uの字型に曲げたプラスチック板にオルゴールをくっつけるとかなり遠くからでも音がよく聴こえる

この曲がりだけで聴こえやすくなるのは、音波の性質によるものです。そこから仮設を立て、湾曲した振動板を入れたスピーカーをつくったのがミライスピーカーの始まりでした。

——そこから、起業へと進んでいったんですね。

はい、まずは試作機を重度の老人性難聴である父親に聴かせてみました。テレビにつないでみたところ、補聴器を外しても聴こえるというのです。これがきっかけで「老人性難聴の方用のスピーカーができればたくさんの方が喜ぶ」と思い、2013年に設立しました。

——創業して、どのような点で苦労しましたか。

原理が解明されていなかった点、そして資金面ですね。
製品として販売を始めたのが、起業から3年後。試作機はすでにできていたのですが、原理が解明できませんでした。なぜ聴こえが良くなるのか、聴こえない2割はなぜ聴こえないのか。手探り状態で開発を進めているなかで、世に出すべきか迷いました。資金面では最初の第三者割当増資の段階で非常に苦労しました。

手探りのなか、データが証明した聴こえやすさ

——どのようにして、苦境を乗り切ったのでしょうか

起業から3年、のべ420人以上の難聴者の方にサウンドファンのスピーカーを聴いていただきました。加齢性難聴、騒音性難聴、突発性難聴、メニエール病、中耳炎をこじらせた結果の難聴、スポーツ障害由来の難聴、抗癌剤など薬の副作用が原因の難聴、鼓膜がない、脳腫瘍で聴覚神経を切除したなど、ありとあらゆる難聴の方にご協力いただきました。その結果、8割くらいの方が聴こえるというデータが取れました。原理はともかく、帰納法的に信頼に値するだけの声を集められたのです。

資金面でも、最初の第三者割当増資の段階では信頼できるデータができませんでしたので、拒絶もありました。しかし、2回目以降はこちらからお願いする前に、みなさんが出したいと言ってくださったんです。説明をするときはいつも必ず難聴者の方に協力していただき、「聴こえる驚き」を実際に見せました。その説得力も後押しとなったのでしょう。

データによる裏付けと、それが後押しした資金調達によって量産化の目処が立ち、今に至ります。競合は現状のところ、国内にも国外にも存在しません。

——ミライスピーカーは現在、どのようなところで使われているのでしょうか。

もともとは「個人」からスタートし、「介護」「公共」「教育」「医療」の順番で参入しようと考えていました。しかし2016年4月に障害者差別解消法が施行され、一気に「公共」が前倒しになりました。なかでもCSR意識の高い銀行と航空会社は導入も早く、現在も次々と検討してくださる企業が増えています。

視覚障害者にも、健常者にも幸せな“聴こえやすい社会”

——ミライスピーカーのミライについてはいかがですか。

公共の場への導入医療機器としての活用、2つの道を考えています。

公共の場への導入ですが、これは駅や横断歩道を想定しています。駅で「ポーン」といった音や鳥のさえずりなどが流れているのは、視覚障害者の方向けの「盲導鈴(もうどうれい)」と呼ばれるものです。横断歩道のものは「誘導音」といいますね。視覚障害者の方にとっては欠かせない音ですが、これが「うるさい」というクレームが入ることがあるのだそうです。
でも、このスピーカーであれば小さな音できちんと届くため、視覚障害者の方にはしっかり聴こえ、健常者はうるさく感じないという環境をつくることができます。防水・防塵にすれば災害時の防災スピーカーにもなります。まさに、聴こえやすいことで皆が幸せになる環境をつくることができるのです。

医療機器としては、大脳生理に働きかける作用を活用したいと考えています。実験を重ねるなかで、どうやらこのスピーカーが大脳生理を活性化させるらしいということがわかってきました。難聴の方がしばらく聴いていると、スピーカーの音だけでなく、付き添いの人の声もよく聴こえるようになり、それが持続するんです。2時間くらいするとまた元に戻ってしまいますが。そういった例が多発したので、聴感を上げる効果があるのではないかと思いました。

これを利用すれば、認知症予防や乳児の難聴改善に良い影響を出せるのではないかと考えています。たとえば難聴の赤ちゃんに対し、脳がまだやわらかい年齢のうちから、お母さんがこのスピーカーできちんと話しかけてあげる。学説的にはまだまだなのですが、2年後くらいには解明できる見通しです。

――そんなサウンドファンにとって、Rise Up Festaはどのような意味をもっていましたか。

Rise Up Festaのソーシャルビジネス部門において最優秀賞を受賞

受賞によって、私達を取り巻く状況は大きく変わりました。お客様やエンドユーザーといった世の中の信頼度が上がった、ステージが変わったと感じています。取材でも厚く取り上げていただき、その反響が続々と届くようになりました。
有形無形の信用度向上、これが受賞によって得た最大のものだと感じています。

世界中に「聴こえやすい」環境を届けたい

——この後、どのようにビジネスを展開していきたいと考えていますか?

聴こえの問題で困っている、世界中の人を救いたいと考えています。難聴の方は日本にも数多くいますが、世界ではさらに深刻です。母音が多く聴こえやすい日本語と異なり、ヨーロッパ言語は子音が多く、ちょっと聴こえなくなるとたちどころに難聴になってしまうんですね。

また、発展途上国は残念ながら医療水準が高くないので、病気や事故などで後天的に耳が聴こえない状態になり、結果的に難聴になってしまうことが多いんです。そういう人たちに早く、安価にミライスピーカーを届けてあげたいと考えています。IPOできたら、それをもとに世界を目指したいと考えています。

それが実現できたら、今度は「聴こえない音を聴かせる技術」の反対、つまり「聴きたくない音を聴かない技術」を実現してみたいと思っています。たとえば、夜中に夫のいびきがうるさいと悩んでいる奥さんに対し、何もしなくてもいびきが聞こえなくなる。可能かどうかまだわかりませんが、飛行場の音など、広域のノイズキャンセリングもやってみたいですね。

それよりも少し身近な未来としては、2020年のオリンピック・パラリンピック。ここで採用していただくように今、動いている段階です。私たちの聴こえやすいスピーカーだけでなく、昨今目覚ましい機能向上を遂げている音声テキスト化アプリなどを併用することで、誰にとってもわかりやすい社会というのは実現可能だと思っています。2020年には、これらの技術ももっと進化していることでしょう。その日を、私はとても楽しみにしています。