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浮世絵展「広重 江戸風景ごよみ」〜 さまざまな判型による江戸名所 〜

歌川広重は15才で浮世絵師を志し歌川豊広に入門、20才代の文政年間に美人画で頭角を現し、35才頃に「東都名所(幽斎がき東都名所)」で風景画に開眼しました。江戸で生まれ育った広重が自己の生きる道を風景画に見出した時、描写対象として多く採り上げたのが江戸の名所です。さまざまなサイズ、扇面形や短冊判などさまざまな判型で江戸名所を描いたシリーズを比較し、広重の風景画歴を紹介します。

「東都名所」(幽斎がき東都名所)   (川口屋正蔵版 横大判錦絵 10枚揃)

高輪之明月

高輪之明月

  広重35才(天保2(1831)年)頃、初めて手がけた本格的な風景版画の揃物です。「東都名所」という揃物はいくつかあるので、落款(らっかん)の「一幽斎」(いちゆうさい)から「幽斎がき東都名所」といわれます。江戸の名所10か所に四季の風物を組み合わせたもので、感傷的な藍と印象的な真紅を空と雲に効果的に使用し、季節感を前面に出しています。広重の風景画の行方を決定付ける、画歴の中で重要な位置を占める作品群です。

「四季江都名所」 (川口屋正蔵版 中短冊判 4枚揃)

夏 両国之月

夏 両国之月

  広重38才(天保5(1834)年)頃、短冊形の画面に風景を収めた最初のものと思われ、狂歌が添えられています。風景画短冊の中でも第一に推すことができる佳作群で、奇抜ながらまとまりのよい構図、ぼかしの効果など、広重芸術の美質が小画面に凝縮されています。

「江戸近郊八景」 (佐野屋喜兵衛版 横大判錦絵 8枚揃)

吾嬬杜夜雨

吾嬬杜夜雨

  広重40才(天保8・9(1837-38)年)頃の八景シリーズです。中国の「瀟湘八景」(しょうしょうはっけい)にならい、江戸近郊の8か所の名景を描いたものです。狂歌師・大盃堂呑枡の企画による配り物で、上部に狂歌が記されています。各画とも、視点を低く置き広々とした景となっています。題材としても、広重にふさわしいもので、広重の繊細な感受性が素直に流露し、しっとりとした情趣と、高い格調を備えた傑作と評価されています。

「東都八景」 (藤岡屋彦太郎版 横間判錦絵 8枚揃)

洲崎晴嵐

洲崎晴嵐

  広重42才(天保10(1839)年)頃の八景シリーズで、大判よりやや小ぶりの間判(あいばん)サイズで斜めに扇面形を配した揃物は広重唯一のものです。扇形の左右の突端の少し上に設定した水平線が引き締まった感覚と奥行き感を与えており、抒情性を前面に出すことが多い広重作品の中で、緊密感を存分に味わえる傑作群です。

「東都名所」 (藤岡屋彦太郎版 中短冊判 4枚)

佃島海辺朧月

佃島海辺朧月

  広重45才(天保12・13(1841-42)年)頃の短冊物であり、秀作揃いと評価されています。構図の点では「四季江都名所」より整理された印象を与え、広重が小画面に習熟してきたことを示しています。

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